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書評

デヴィッド・ハーヴェイ著『新自由主義 その歴史的展開と現在』

渡辺治監訳、作品社2007.3.刊行

『東洋経済』2007.6.2. 140.

 

 

 「構造改革」と「格差社会」に象徴される現代の「新自由主義」体制を、グローバルな視野で描いた骨太の著作が現われた。

 この新自由主義体制の起源は、六〇年代後半に遡ることができるだろう。当時はだれもがケインズ政策の有効性を疑わず、社会主義こそが時代の趨勢と信じられていた。ところが七〇年代になると事態は一変し、新自由主義思想が世界的に流布していく。「われわれはみな今やケインズ主義者である」と語ったのはニクソン大統領であったが、いまやブレアもクリントンもみな「新自由主義」を信奉しているのが現状だ。

 無論、七〇年代の前半に、富者の資産が半減して「資本蓄積の危機」が訪れたとき、社会主義革命の余地はあっただろう。しかし当時の経済エリートは労働者たちを説得し、自由市場経済の貫徹を実現していったと著者は分析する。またその過程で左派勢力は分裂し、ポストモダンや多文化主義を支持する新左翼たちも、新自由主義に共鳴していった。

そしてまさに本書の醍醐味は、このマイナーな自由思想がいかにして人々の合意を取りつけていったのかを、歴史的に分析した点にある。新自由主義体制は、民主的な同意形成によって実現されたにもかかわらず、思想それ自体は「反民主的」というのが著者の診断である。

 むろん現代の新自由主義は、金融システムの不安定性や多国籍企業支配と民主主義の相克など、さまざまな矛盾を抱えている。またこれらの矛盾を解決すべく、人々は「新保守主義」という別のイデオロギーを求め始めている。

「新保守主義」とは、個人の利益よりも、国益や軍事や権威(道徳)を優先する思想である。しかしこの思想は、偏狭なナショナリズムに陥りやすいのであって、著者はむしろ、グローバルな対抗運動と金融危機の招来によって、新自由主義体制を破砕する革命を展望すべきだという。抽象的ではあるが、教育と経済保障の権利や組合を組織する自由などの「派生的権利」を根本的とみなして、基本的な私的所有権や利潤原理を派生的とみなすべきだという。

 このハーヴェイのビジョンは、あまりにもユートピア的で実効性に欠くが、しかし訳者が巻末に付した長めの論稿「日本の新自由主義」は秀逸な分析であり、一読に値しよう。日本では新自由主義が、反自民党政治・反開発主義の市民派と共鳴したというのが訳者の分析である。

蛇足ながら評者も、近著『帝国の条件』にて別の観点から「新自由主義」を総合的に分析している。合わせて参看いただけると幸いである。

 

橋本努(北海道大准教授)